2014-11-21

かつて藤井寺球場があった場所

 先日、大阪府藤井寺市へと行く機会がありまして、そこにある近鉄南大阪線・藤井寺駅の近くを通りました。
 藤井寺駅といえば遠い昔、ここの近くに「近鉄藤井寺球場」という名の野球場があったのです。かつてプロ野球パシフィックリーグに存在していた球団、近鉄バファローズが本拠地としていた球場でした。
 ↓こちらが、藤井寺駅の南口。ここが藤井寺球場へ行く際の出口でした。
 fujiidera1.jpg

 昔、藤井寺球場で試合のあるときは、大勢のファンがここへと降りていったのだろうな……と、想像しました。

 ではここで、藤井寺球場の簡単な歴史を語るとします。
 近鉄バファローズは本拠地球場をこの藤井寺球場と、大阪・森ノ宮にあった日生球場のふたつを有していました。その理由は、当初藤井寺球場にナイター設備がなかったためです。近鉄主催のナイター試合は日生球場でおこなわれたのでした。(日生球場も現在は影も形もなく、新たにショッピングモールの建設が進められています)
 しかし、日生球場は収容人員数が少ないという難点がありました。そこで球団は、日生よりも収容人員数の多い藤井寺球場にナイター設備を造って、藤井寺でナイターができるようにしようとしました。
 それに対し藤井寺球場の周辺住民から、激しいナイター設備反対運動が起こりました。何せ藤井寺球場があるのは住宅地の中。自分たちの生活の場の近くで夜遅くまで照明がともり続け、ファンの歓声や鳴り物の音が響き続けるのではたまったものではないと、周辺住民は裁判までも起こして反対運動をしました。
 これにより、照明塔を設置したものの、藤井寺でのナイター開催がなかなかできない状況が続きましたが、のちにナイター設備が稼動することとなりました。これにより、近鉄球団の主たる本拠地は藤井寺となったのです。
 その後近鉄球団は本拠地を大阪ドーム(現・京セラドーム大阪)に移転。藤井寺球場は主に二軍の試合の場となりました。
 しかし、2004年に近鉄バファローズそのものが消滅。それに伴い、藤井寺球場も終焉を迎えることとなったのでした。1989年に読売ジャイアンツと日本シリーズを戦った球場で、日本人メジャーリーガーの先駆となった野茂英雄氏が何度もマウンドに立った球場は、もう今では跡形もありません。


 かつて藤井寺球場があった場所には、現在↓これが建てられています。
 fujiidera2.jpg

 四天王寺学園の藤井寺駅前キャンパスです。これがあるのは藤井寺球場のホーム側で、外野スタンド側にはマンションがあります。このマンション、モロに球場の外野スタンドの形状に合わせた造りとなっています。
 この四天王寺学園、小学校と中学校が入っていますが、おそらくここに通う児童・生徒は、藤井寺球場のことなど知らない子ばかりなのでしょうねえ。ヘタすると近鉄バファローズのことも知らないかも。

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大阪府在住。男性。
発達障害の一種、高機能自閉症を抱える人間。
公営競技・野球・サッカーなどのスタジアムという空間が好きな自分です。
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