2012-02-25

「自分の事情」を言い訳にしたくない

 慣れるまでどうにか食らいつきながら生きていけ! 2012-02-18
 http://ebifuraihan.blog40.fc2.com/blog-entry-472.html

 これは神のお告げなのか? 2012-02-22
 http://ebifuraihan.blog40.fc2.com/blog-entry-473.html

 しつこいようですが、以前↑こちらで書いたとおり、現在の私はいきなり出くわした新しい業務内容・新しいシフトに慣れるべく、日々何とか食らいつきながら過ごしています。
 私が抱える障害は「突然の変化への対応が難しい」という特性があります。そんな特性があるゆえ、上記記事に書かれたようなこととなると、自分の体をその変化に慣れさせるのに時間がかかるうえ、またその間精神的にも倍疲れてきます。

 それでも、私はそういった自分の事情を言い訳にして「自分の特性上無理があるから、何とかしてほしい」などと泣きごとを言うことは、したくありません。
 たとえ難があるといっても、100%ダメだということは、まずありませんから。ただ単に「突然の変化への対応は難しい」というだけで、できないわけではありませんから。ならば多少の無理はしてでも、自分が今の新しい業務にいち早く慣れるように努めるほうを、私は選択します。


 実をいうと、過去の私はそういった考えではありませんでした。思い切り「自分の特性うんぬん、何とかしてくれくれ」の考え方に凝り固まっていました。
 それゆえ今回のようなケースに出くわした場合、過去の私ならば、とっさに「これは自分には難しいことですから。そのあたりを考えてほしいのですが」と、周囲が聞いたら言い訳にしか聞こえない文言を口に出していたものです。
 実際、過去に一度今回と似たケースがありまして、そんな文言と同時に、自分の「変化が苦手」という特性への配慮を勤め先に求めたということがありました。

 私はその配慮をある程度してもらったのですが、今度はこれによって勤め先内の他の人から「あいつだけ優遇してもらっている」と半ば嫉妬の眼で見られる羽目となってしまいました。
 そこで気がついたのです。自分が求めていたのは「特別扱い」に等しいことだった、と。
 自分は他の人と同じ仕事をしているのに、自分だけがキツい思いをしていると思い込んで、自分の特性だ何だということを持ち出して、配慮を求めていたのです。他の人だって、程度の大小はあれど誰もがキツい思いをしているのに。それを思うと、自分が大変恥ずかしいと感じだしたのです。
 それから私は、自分が障害を抱えるという事情を持ち出して配慮を求めることを、やめにしました。


 この社会で生きていくためには、たとえ障害などの事情を抱えていようと、安易にそれに甘えるべきではない。そういった覚悟が必要なのではないか、と現在の私は考えます。
 定型者並みにやっていくのは、確かに私にとっては難しいことです。しかしそれでも私はその覚悟のうえで、この社会の中で、泣きごとを口にせず、ひとりの人間として力いっぱい生きていく思いです。自分に発破をかける意味からも。

 しかし、――これも前々から書いていることですが――こういう主張をすると、決まって「定型社会にひれ伏す定型のイヌめ」といったイチャモンをつけてくる人がいるのですよねえ。
 今ではこういった連中、正直ウンザリします。ならばあなたは覚悟のうえで人生を送っているのか、ただ闇雲に社会に反発しているだけではないのか、と問いたくなります。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

エビフライ飯

Author:エビフライ飯
大阪府在住。男性。
発達障害の一種、高機能自閉症を抱える人間。
公営競技・野球・サッカーなどのスタジアムという空間が好きな自分です。
ファジアーノ岡山の本拠地・シティライトスタジアムに時々出没しています。



ブログランキング・にほんブログ村へ

にほんブログ村 旅行ブログ スポーツ観戦・遠征旅行へ

にほんブログ村 サッカーブログ ファジアーノ岡山へ

メールはこちらから

お名前:
メールアドレス:
件名:
本文:

Twitter
エビフライ飯のツイッター。↓ここでいろいろつぶやいています。


過去のつぶやきはツイログで。
自作小説
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
津 (7)
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード