2011-05-09

よくもまあヌケヌケと

 以前、私は↓にて「奈良市の小5(当時)男児が学校で担任教師から体罰を受けたが、謝罪もなく事件の隠蔽を図られたことで、これへの抗議の意味で母親が男児といっしょに自殺未遂事件を起こした」件を書きました。

 奈良市教育界の隠蔽工作員たち 2011-03-02
 http://ebifuraihan.blog40.fc2.com/blog-entry-316.html

 その後も連日、お母様は自身のブログにてこの体罰事件のことを書き続けていましたが、何の進展もないまま年度が終わってしまいました。
 新年度となって、お母様も息子さんも、いくらか落ち着きを取り戻されたようです。しかし事件当時の校長は定年退職、体罰を加えた教師は他校へ異動と、実質の加害者が逃げてしまった(というより、奈良市教育委員会がこのふたりにそのような配慮をした)こともあり、事件そのものの解決までには至っていません。

 で、事件発生からもうすぐ1年が経とうとしていた5月7日に、お母様は↓の記事をお書きになっていました。

 http://plaza.rakuten.co.jp/yuririn23/diary/201105070000/

 市教委いわく「市教委としては、年度が変わったから(体罰事件は)終わったこと・解決したことという認識はない」のだそうです。
 体罰事件は終わっていない・解決していないと表明したということは、体罰はあったと認めている、ということですよね? 認めていながら、市教委は今日に至るまで隠蔽工作を図って「なかった」ことにしていたということになりますね。
 いったい何様のつもりでしょうか。よくもまあ、ヌケヌケとこんな態度がとれるものです。
 昨年5月に体罰事件が発生し、市教委は体罰を認めながら何の解決にも乗り出すことなく、お母様と息子さんに精神的な苦痛を与え続けて、挙句の果てには自殺未遂にまで追い込んだのです。なのにここにきて「事件は終わっていない・解決していない」この言葉に反省は見られません。
 自殺未遂の後も何ら解決に乗り出そうとせず、ここまで問題を長引かせた奈良市教委に、強い怒りを覚えます。


 実は……私も先日、このような「よくもまあヌケヌケと」と言いたくなる一件に遭遇したのです。

 某掲示板上にて、また私のことが気に食わない者(Xとします)が、私に対する難癖をつけていました。ここで何度か取り上げていますが、かつて私を掲示板上で極悪人扱いし、徹底的に貶めた前科のある者です。
 Xはもうかれこれ5年近く私にロックオンして何かと攻撃をしているため、今では「また始まったか」と気に留めずに、基本的に放置しています。
 Xはいつもの通り、私へのイチャモンをつけていたのですが、書き込みの最後のほうでこんな言葉を吐いていました。

「エビフライ飯氏には酷いことをやったと自覚している」

 よくもまあヌケヌケと……と思わずにはいられませんでした。私に対して「酷いことをやったと自覚している」のならば、なぜ時を同じくして、私への攻撃の言葉を書くのでしょうか? その点で大いに矛盾しています。
 この言葉は、反省の言葉とともに書かれるべきものです。しかしXが書いたのは、私へのイチャモン攻撃の言葉。そんなことを書いたあとで上記の言葉が添えられていても、説得力はありません。
 イチャモンは基本的に放置していましたが、これには思わずキレそうになりましたので、ここで吐かせていただきました。


 奈良市教委とX、どちらにもいえるのは「筋が通っていない」こと。前に書きましたが、私はこういった筋の通らないことが嫌いです。



 追記(2011-05-13):

 奈良の親子についてですが、その後頼りにしていた支援級の担任が休職してしまい、息子さんは不登校気味となったとのことです。
 さらに、息子さんは自分で自分の髪の毛を抜く症状が出ているとのこと。
 もう黙っていられず、私はお母様のブログにコメントを投稿しました。

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No title

はじめまして。
私はXという人とは無関係な人間ですが、気になったことがあるので質問します。

>私に対して「酷いことをやったと自覚している」のならば、なぜ時を同じくして、私への攻撃の言葉を書くのでしょうか? その点で大いに矛盾しています。

えっと、「エビフライ飯さんに対して酷いことをしたと自覚すること」と
「エビフライ飯さんに対して攻撃的な言動をすること」が、
どうして矛盾するとお考えになられているのでしょうか?

Xさんは
「エビフライ飯さんに酷いことをしたと自覚している、酷いことをしたことを謝りたい」
などと言っているわけではないのですよね?
もし「謝りたい」と言っているのに攻撃しているのなら矛盾していると私も思いますが、「酷いことを自覚する」=「相手に謝罪する」ことではないと思いますよ。

「自分は相手に対して酷いことをしている」と自覚しながら相手を攻撃することのどこがどう矛盾しているのかよくわからないのですが…。
(私はXさんの書いた原文を知らないので、詳しいことは知りませんが)


以下は私の推測です。

「酷いことをしている」と自覚しているのに相手を攻撃するのはおかしい、と、エビフライ飯さんが勝手に前提条件を立てて、その前提をXさんにも押し付けようとするから矛盾が生じているように感じられるのではないでしょうか?

「酷いことをしている」と自覚しているのに相手を攻撃するのはおかしい、というのはただの一つの価値観、一般的に「良心」とされるものですよね。
エビフライ飯さんはその価値観に則って思考しているからXさんの言っていることが矛盾しているように思えるのでは?

えぬえす様

 コメントありがとうございます。

 私の場合、「酷いことをやったと自覚する」というのは反省の意あってこそ、と考えているのです。
 矛盾を感じたのは、Xが反省の意なしにしつこく私を攻撃してきている、と思ったからです。

 しかし言われてみれば、矛盾しているかしていないか、どちらが正解かとは、簡単に答えが出るようなことではありませんね。
 そういった意味では、私は自分の価値観を絶対化して、他者に押しつけていたかもしれません。また個人的な恨みもあったことで、感情を先走りさせてしまっていたようです。

 もしこの件にて、ご不快に思われましたのなら、お詫びいたします。
プロフィール

エビフライ飯

Author:エビフライ飯
大阪府在住。男性。
発達障害の一種、高機能自閉症を抱える人間。
公営競技・野球・サッカーなどのスタジアムという空間が好きな自分です。
ファジアーノ岡山の本拠地・シティライトスタジアムに時々出没しています。



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