2011-02-17

22年前のあのときとダブる

 最近、アフリカ北部および中東で、激しい民主化要求デモが起こっています。その結果、チュニジアとエジプトの独裁政権が崩壊しました。
 さらに飛び火して、イラン・バーレーン・リビアなどでも同様の、民衆による「独裁政権を倒せ」の激しい声が上がっています。

 この流れをニュースで目にして、22年前のあのときとダブりました。
 22年前……秋ごろだったでしょうか、東欧のハンガリーにて、共産党一党支配に反発する民衆が、激しく民主化要求デモを繰り広げました。その結果、ハンガリーは共産党一党支配を改め、社会主義体制が崩壊しました。
 これをきっかけとして、同じく一党支配の社会主義体制をしく東欧諸国で次々と民主化要求デモが起こり、一気に民主化の波が広がっていきました。それは当時の東ドイツにて、ベルリンの壁が崩壊したことに象徴されていました。
 また、ルーマニアでは当時の大統領、チャウシェスクが妻とともに、軍部によって処刑されました。当時テレビで見ましたが、チャウシェスクは自分の住居に「金の浴槽」を作っていたといいます。「独裁者の宮殿」と化していた様子が、ところどころ映されていたのが印象に残っています。

 まさにあのころと、ダブります。歴史は繰り返すとよく言われますが、現在のアフリカ北部および中東は、その「繰り返し」ではないかと思ってしまいます。


 そういえば、22年前と現在とでは、東欧の地図の様子ががらりと変わりましたね。
 現在の地図と比べて、22年前の東欧の地図は次のようになっていました。

 ・ドイツが東西に分かれていた
 ・チェコとスロバキアは合わせてひとつの国で「チェコスロバキア」の国名だった
 ・スロベニア・クロアチア・ボスニア‐ヘルツェゴビナ・セルビア・モンテネグロ・マケドニア・
  コソボ、これらはまとめて「ユーゴスラビア」だった
 ・リトアニア・ラトビア・エストニアのバルト三国、ベラルーシ(当時ベロルシア)・ウクライナ・
  モルドバ(当時モルダビア)、これらはソビエト連邦の一部に組み込まれていた


 もはや22年前の地図は役に立ちません。いえ、今や10年前の地図すらも役に立たないでしょう。その間旧ユーゴスラビアの国々が分離独立をしていきましたから。それだけ東欧では、目まぐるしく変化をしていったということです。

 というわけで、今回はすこーしマジメな気持ちで記事を書きました。

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エビフライ飯

Author:エビフライ飯
大阪府在住。男性。
発達障害の一種、高機能自閉症を抱える人間。
公営競技・野球・サッカーなどのスタジアムという空間が好きな自分です。
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