2010-06-29

ボートレース大村訪問記・2

 ボートレース大村は、ボートレース発祥の地。それを思わせるものが、そこにはありました。

 まず、↓これです。
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「競艇発祥の地」と刻まれた石碑です。入場ゲートをくぐると、すぐ見える場所にあります。

 続いて、↓これ。
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 記念すべき第1回のモーターボートレースの宣伝ポスターが、パネルに入って展示されています。日付は1952年4月6・7・8日で、その横には「小雨決行」と書かれています。
 ちなみにこのときの宣伝ポスターは、この日本語版だけでなく英語版のものもありました。どうやらまだ進駐軍がいる時代ということで、アメリカ軍関係者向けに作られたもののようです。

 次は↓こちら。
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 これは「競艇発祥の地記念館」の入り口です。同記念館は入場ゲート横にあり、無料で入れます。私もここに入りました。
 ここには1952年当時の『長崎日日新聞』に掲載された、日本初のボートレース開催の記事が展示されていました。
 それと、1982年4月8日付の新聞もありました。これはボートレース30周年を記念した『第1回競艇祭』の記事でした。ゲストで故・横山やすしさんと、歌手の松村和子さんが大村にやってくると書かれていました。この点、時代を思わせますねえ。

 話は少しそれますが、ここで展示されていた新聞は切り抜きではなく紙面いっぱいで、ボートレース以外の記事もいっしょに公開されていました。その中で1952年の新聞記事の中に

長崎職業安定所の便壷に砲弾が

 なる記事がありました。なぜかこの記事を目にして、妙に印象に残ってしまいました。ちなみにこの砲弾、火薬が抜かれていて暴発することはなかったとのことでした。
 またスポーツ欄もあって、当時のプロ野球の球団は、セ・リーグが巨人・名古屋・阪神・広島・松竹・国鉄。パ・リーグは南海・西鉄・近鉄・毎日・東急・大映となっていました。このように、当時の状況をひと目で知ることができるのが、新聞のいいところですね。

 話を戻して。記念館ではこのほかにも、ボートレースの黎明期から現在に至るまでを写真で紹介するコーナーや、レース時に実際に使われた道具類の展示、そして記念すべき登録1号機ボートの実物の展示などがありました。登録1号機はランナバウトで、これは今でも水面を走れるそうです。
 記念館の真ん中は小さな図書コーナーがあり、ここにはボートレース関連の本や笹川良一関連の本のほか、漫画『モンキーターン』全巻も置かれています。
 この「競艇発祥の地記念館」は、結構貴重な資料が展示されていますので、ボートファンにはたまらないものではないかと思います。とにかく入って見る価値はあります。

 ちなみに、記念館の横にあるのは↓これでした。
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 大村市競艇企業局の事務所です。つまりここが、BR大村の本営というわけです。
 レース場によっては、施行者がひとつだけでなく複数存在する場がありますが(住之江や尼崎はそうです)、ここ大村は、この大村市競艇企業局のみがレースの運営をおこないます。
 つまり大村市は、ボートレースそのものの始まりからずっと、ボートレースの収益によって潤ってきたのですね。まあ、最近は売り上げが減少傾向にあるでしょうから、本当に潤っているかどうかはわかりませんが。

(続く)

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エビフライ飯

Author:エビフライ飯
大阪府在住。男性。
発達障害の一種、高機能自閉症を抱える人間。
公営競技・野球・サッカーなどのスタジアムという空間が好きな自分です。
ファジアーノ岡山の本拠地・シティライトスタジアムに時々出没しています。



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